先日、日経新聞電子版に以下のようなタイトルの記事が掲載されていました。
「大手監査法人がタッグ 取引確認システムを共同開発」(日経新聞電子版2018年5月12日)
記事の内容は、煩雑な業務を減らし、会計士の深刻な人手不足に対応するために、監査先企業の取引状況をオンラインで確認するシステムを大手監査法人が共同開発するといった内容でした。
取引状況をオンラインで確認するシステムとは
記事の中では、債権債務等の確認をオンライン上で行うシステムのことを言っているようです。この中に金融機関に対するものも含まれるかどうかは記事の中では分かりませんでした。
そもそも公認会計士は監査の過程で、被監査会社の債権債務等について、相手方に対して確認状を直接発送し、直接これを回収することによって、被監査会社の債権債務等の実在性や正確性を確かめる監査手続を実施します。
この手続きは「確認」と言われる監査手続で、ほとんどすべての監査で実施されている手続なのですが、この手続きをオンライン上で実施することができるシステムの共同開発が進められているということのようです。
監査手続「確認」とは
なぜ監査人は、被監査会社の相手方に確認状を発送して、直接確かめるのかというと、債権債務は目に見えるものではないからです。
現金や商品在庫などであれば、監査人が目で見て、それが実在することを確かめることもできるのですが、債権債務は、目で見て確かめることはできません。
そこで監査人が被監査会社の債権債務等の相手方に対して、被監査会社はあなたに〇〇万円の債権(債務)があると言っていますが、本当ですか?と直接聞いて、確かめるのです。
システム化により効率化できるのか
「確認」は、先輩から指示を受けた入所1~2年目のスタッフが実施することが多い作業なのですが、具体的には以下のような流れで実施されます。
- 被監査会社から債権債務のリストの入手
- 確認状発送先の選定
- 被監査会社への確認状の作成依頼
- 作成された確認状の発送前チェック
- 確認状の投函
- 確認状の回収
- 回収状況のチェックと返送の督促の被監査会社への依頼、再発送等
- 回収した確認状の証拠力を確かめる
- 回収した確認状と債権債務等の金額の整合性を確かめる
- 被監査会社の計上金額と回答金額が異なる場合は、被監査会社に原因調査を依頼
- 調査結果を確かめ、差異理由の合理性を確かめる
上記がざっくりした「確認」手続の流れなのですが、このうちシステム化で効率化できるのは、赤字で示した6、9あたりの作業だけのように思います。
でもそもそも6の作業は公認会計士は作業しておらず、事務作業専門のバックオフィス系のスタッフが開封作業や被監査会社ごとの振り分け作業などを実施していることから、公認会計士の人手不足を解消することになりうる作業ではありません。
このことを考えるとシステム化による効率化の効果は限定的なように思います。
現時点ではシステムの詳細やシステムを利用した手続の実施方法は不明ですが、まず依頼する相手先を選定する作業が必要になると思います。
確認相手の選定は、被監査会社のビジネスやリスクを踏まえて選定することになり、一律の作業ではありませんので、システム化は難しいように思います。
従って上記1、2の作業はシステム化後も、公認会計士が実施する作業として残るように思います。
またシステムは、従来は確認状に手書きで記入してもらっていた回答について、相手方にオンライン上でシステム上の入力してもらうような仕組みになると考えられます。
そこで必要なのは、相手方にシステムへのアクセスと回答の入力を依頼することなのですが、取引の相手先や取引金額は企業秘密であることを考えると、メールなどでの依頼は考えにくく、被監査会社の社印が押印された依頼書を紙で発送し、アクセス先のアドレスと入力画面にログオンするためのパスワードを紙の依頼書で案内することになるように思います。
従って上記の3、4、5あたりの作業は現状と何も変わらないように思います。
またシステムへの入力状況を随時モニタリングし、回答が得られない相手先に対して、依頼書の到着の有無や回答の督促などを被監査会社に依頼する作業は、現状と何も変わらないと思いますので、7の作業もシステム化後も残ると思います。
さらに8の証拠力を確かめる作業ですが、従来は紙の確認状での依頼だったため、適切な相手からの回答であることを、先方の社印の有無や回答部署などを確かめていました。
しかしながらオンラインでの回答がなされると、社印を確かめる作業は不要になりますが、回答部署が適切な部署であるかどうかの確認などは、システム化後も残ります。
そして回答金額が確認金額と異なる場合の原因調査の依頼と調査結果の吟味については、システム化により効率化される部分ではありませんので、システム化後も当然に残ります。
これらを考えるとシステム化によって大幅に業務効率が改善されるようなものには、ならないように思います。
金融機関や証券会社は参加してくれるのか
監査人が実施する「確認」手続は売掛金などだけに実施される手続きではありません。
預金や借入金、取立依頼手形、デリバティブ取引の有無などについては、金融機関に対して「確認」手続を実施します。
また被監査会社が有価証券等を有している場合は、証券会社に対しても「確認」手続を実施します。
現状ではこれら金融機関や証券会社等が、このシステム化に対応してくれるのかは不明です。
金融機関や証券会社では、手数料を取って確認状への回答を行っていますが、回答にかかる負担を考えると、金融機関や証券会社にとってもシステム化は喜ばしいことだと思います。
ただし高度なセキュリティーが要求されている金融機関や証券会社に参加してもらうためには、それなりのハードルがあるように思います。
これらのハードルをきちんとクリアして、金融機関や証券会社からの回答も入手できるようなシステム化を目指してほしいものです。
通常はありえない共同開発
日本の四大監査法人は、海外のビッグ4と言われる会計事務所とそれぞれ提携しています。
そのため監査を実施するための監査マニュアルや監査ツールは、提携先の会計事務所のマニュアルやツールを使うのが通常です。
これはグローバル展開している企業の監査業務を、提携先会計事務所間でスムーズに行うために必要なことであり、現在の国際監査業務のベースになっていることでもあります。
従って大手監査法人が監査システムの共同開発に参加することは、極めてイレギュラーなことだと思います。
日経新聞電子版の記事では、「他の監査業務についても共通化を視野」に入れていると書かれていましたが、これは日本の4大監査法人だけではなく、ビッグ4の中でも同様の動きがないと難しいように思います。
とはいえ、共同開発は面白い試みだと思いますので、今後の動向にも注視していきたいと思います。
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